ロズウェル事件をめぐる疑惑 ~宇宙人の遺体をめぐる問題~

UFOから回収された宇宙人の遺体はやっぱりヒト!? ロズウェル事件に新たな写真。

201557 1615 http://news.livedoor.com/article/detail/10085945/Techinsight 
※画像はmetro.co.ukのスクリーンショット。


 アメリカの大地に墜落したUFOから回収されたという、“宇宙人”かもしれないいくつかの遺体。謎めいたあの「ロズウェル事件」の真相がいよいよ解明かと騒がしくなっている。5日、久しぶりに新たな写真の公開があった。

 この画像は英メディア『metro.co.uk』が伝えているその記事のスクリーンショット。「ロズウェル事件」に関するこのたびのミイラ写真の公開についてはあらかじめメディアで発表されており、世界中のUFOファンや専門家が強い興味とともにそれを待ちわびていたはずである。

「ロズウェル事件」とは、1947年に米ニューメキシコ州ロズウェル近郊に墜落したUFOから米軍がエイリアンの遺体を回収したと大々的に報じられたものの、政府や軍が詳しい情報を開示しないために謎だらけとされ、UFOファンのイマジネーションと夢を強く掻き立ててきた。このたびの写真は、TVジャーナリストのジェイミー・マウスサン氏が「真相解明の切り札となるような写真」として秘蔵していたものである。1940年代後半に石油地質学者のバーナード・A・レイ氏により撮影されたとみられ、マウスサン氏の手に渡る前は長年にわたりアリゾナ州の弁護士(故人)が所有していたという。

 だが問題の写真についてはブレも酷く、足元に添えてある白い紙に何が書かれているかもわからない。そのため貴重な情報だとは言い難く、ミイラの骨格のバランスなどから「やっぱりヒトのミイラだ」、「サルのような動物のミイラ」、「兵士の遺体だろう」、「そもそもが作りものではないか」といった声があがっている。

 ロズウェル事件については、特にアポロ14号のパイロットとして9時間を月で過ごした元・宇宙飛行士、エドガー・ミッチェル博士が「UFOは飛来し、エイリアンは間違いなく存在する」と強調してきた。このたびの写真には失望の声もあるが、それは期待外れという意味であり、これですべての結論が出たと考える必要はないという意見が大多数のようだ。


TechinsightJapan編集部 Joy横手)

《維新嵐》 頭が異様に大きいため人間ではないな、とは思いますが、この画像ではロズウェル事件との関係性があるかどうか判別できません。

ロズウェル墜落事件第一発見者のブラゼルによる証言
「牧草地には空飛ぶ円盤のほか、小さな人間のような謎の生物が死んでいた。」

米陸軍が観測用の気球から人形が落下したことを認めているため、「人の形の何か」が飛行物体の近辺に倒れていたことは間違いないことでしょうが、どうなんでしょうね。第一発見者は、軍人でも保安官でもありませんが、「遺体?」が人形なのか、生物の遺体なのかの区別はつくのではないでしょうか?


【衝撃映像】捕獲されたグレイタイプのエイリアンの監視カメラ映像
確かに写真のエイリアンと似てますな。



《アメリカ空軍が回収したといわれる宇宙人に関する資料》
プロジェクト・グラッジ・ブルーブック・リポートNo.13極秘文書にみる宇宙人の実態

「プロジェクト・グラッジ・ブルーブックリポートNo.13
 在英アメリカ空軍基地チックサンドの情報解析担当官ウイリアム・イングリッシュ氏がみた内容の記述。19776月にDFフォーム(作戦計画書式)の文書。

文書成立の背景
 第二次世界大戦の後、全米各地において謎の未確認飛行物体の目撃情報が軍部に多数よせられる。そして実業家ケネス・アーノルド氏のUFO目撃報告やUFOを追跡している途中、マンテル大尉が墜落した事案の報告などがきっかけとなってアメリカ空軍内部に世界で初めてのUFOの調査機関「プロジェクト・サイン」が成立した。
「地球外の惑星からやってきたのではないか?」との趣旨の報告書を提出するが、米空軍参謀総長ホイト・バンデンバーグによって解散となる。
 「プロジェクト・サイン」の解散後もUFOの目撃報告が絶えず「プロジェクト・グラッジ」が成立する。1952年~1969年「プロジェクト・グラッジ」の後をうけて成立していた組織が「プロジェクト・ブルーブック」である。

文書の内容
モノクロカラー構成(100点余りの写真、文書600ページ余り)
   宇宙人とUFOに関する写真(添付資料)
   UFOの外観、内部、動力機関、その他の機械類に関する写真と記述、宇宙人の死体の解剖写真。
   宇宙人の細胞組織の顕微鏡写真
   解剖所見
UFO研究家アレン・ハイネック博士のサインがある。

宇宙人の特徴
ラージノーズグレイ

ラージノーズグレイ


・目はテニスボールのような形で異常に小さい。白目はない。眉毛もない。彼らはどこからきたのかわからない。
・グレイの方は、大きな顔と大きな目、小さな鼻と耳を持っていた。
・生きている宇宙人の写真があった。施設の白い壁の前を兵士にせきたてられて歩いている映像あり。

宇宙人の特徴~解剖写真より~

【1995年公開動画】

・宇宙人は、あごから大腿部の付け根まで一直線に切開されている。
・消化器官をはじめ内臓は驚くほど単純なものだった。
・へそが見当たらないため、哺乳類から進化したものではないと書かれていた。
・宇宙人の頭蓋骨が半分に切断された画像があった。
・頭蓋骨は真ん中で骨によって、二つに仕切られていた。宇宙人はつまり別々に働く二つの脳をもっていたことになる。
・性器らしきものは一切ない。
・爬虫類の一種のようすであり、手指は3本、それとむきあった親指らしい指が1本で計4本ある。指のつめはない。
・指の間に水かきのようなものがついていた。
・舌は小さい。あごはほとんどない。
・体全体が濃いグリーンの液体に満たされている様子である。皮膚の色調は緑がかったグレー。これは彼らの生命形態が葉緑素を基本としていることによる。
・栄養物を植物のように皮膚から吸収する。それを光によって光合成によりエネルギー
に変換する。
・排泄は皮膚を通して行われる。そのためか皮膚から嫌な臭気を発する。

ロズウェル墜落事件での宇宙人の解剖結果
リトルグレイ

宇宙人の身長約107㎝、体重18
頭部と目は異常に大きい。鼻と口は小さい。
首は細い。上半身が小さく細い。腕も細いが、ひざまで届くほど長い。手指も長く、指の間に水かきのようなものがついている。
無色の液体が体中を流れる。オゾンの臭いがした。
胃や腸などの消化器官がない。生殖器もない。
※高度な遺伝子操作によって作られたクローン生物なのではないか?とある。




リトルグレイ
(画像出典 http://俺の都市伝説.jp/wp-content/uploads/2014/12/%E3%83%AA%E3%83%88%E3%83%AB%E3%82%B0%E3%83%AC%E3%82%A4.jpg)
 

「プロジェクト・グラッジ・ブルーブックリポートNo.13
アメリカ太平洋艦隊参謀司令部情報解析部員ミルトン・ウィリアム・クーパー氏がみた内容についての記述。
写真添付があり、540ページほどの厚さのリポート。
・写真では、宇宙人は異様なほど大きい頭とひざまで届く長い腕を持つ。手はカマキリのように前に垂れていた。体は頭に比べて小さく、筋肉がほとんどついていない。
1949年ニューメキシコ州ロズウェルで計4体の宇宙人の遺体と生存する宇宙人が1体回収された。
1952年生存する宇宙人は、原因不明のまま死亡する。遺体は解剖された。
・UFO情報を管理するMJ-12の創立には、ネルソン・ロックフェラーも関わっていた。究極の組織の目的は異星人のテクノロジーを入手することである。そして資金調達のために米国内に麻薬を流すことで得ていたといわれる。

地球に来訪している宇宙人の種類

  ラージノーズグレイ
皮膚の色がグレーで鼻が異様に大きいタイプ。

  リトルグレイ
頭と目が大きく体が小さい。遺伝子操作によって作られた人工生物。

健康な時は皮膚の色がグリーンに近いが、体調が悪かったり、長い間栄養摂取できないときは皮膚の色がグレーに変わる。

  ノルデック(仮称)
ブロンドの髪色、人間そっくりの形態。

  オレンジ(仮称)
オレンジの髪色、人間そっくりの形態。
他にも接触していない多くの種類の宇宙人がいる。



グレイ 感情を失った宇宙人

《宇宙人からもたらされた先進技術》
元アメリカ陸軍情報将校であったコーソ氏によると米国防総省は、ロズウェルで回収したUFOや宇宙人を研究分析し、成果を出所不明として軍産複合体や企業に対して利用させ実用化してきたという。
 応用され開発されてきた先進技術としては、以下のものがある。

   F117Aステルス戦闘機、B2ステルス爆撃機など
   ケプラー防弾チョッキ
   レーザー光線(目標に届くまでみえず、物体にあたった時に光る)
   インターネット回線での光ファイバー







ロズウェル事件をめぐる疑惑 第Ⅳ章 ~アメリカ軍による極秘作戦計画~

第二次世界大戦後のアメリカの極秘プロジェクト「ペーパークリップ作戦」

1947年(昭和22年)にニューメキシコ州ロズウェルに墜落した正体不明の飛行物体が、気象観測用の気球であるという発表以外にも軍であればそのまま公表できないであろう解釈が存在する。

 第二次大戦後にアメリカは、ナチスドイツの優秀な科学者を連れてきて、科学研究のプロジェクトを継続していた。(ペーパークリップ作戦)
 その研究の一つに「無尾翼戦闘機」をテーマにした開発があった。第二次大戦中にナチスドイツは、バイエルン秘密基地で「円盤型」の超高速ハイテクロケット機の開発を急いでいた。

 機体に「円盤型」を採用することにより、低速飛行の場合、普通の翼よりも高い揚力を得ることができ、その結果多くの爆弾を搭載することができるという空気力学的なメリットがあった。アメリカはペーパークリップ作戦により、このナチスドイツの技術を再現し応用することを図った。その一つが「核兵器搭載円盤型機」である。

正式な名称は、LRVLen-ticularReentry Vehicle)レンズ状再突入飛翔体」。アメリカ空軍の委託により、ノースアメリカン・エヴィエーション社の技師らが設計し、オハイオ州のライトパターソン空軍基地で研究、開発が進められていたのである。

LRVの「進化型」かな?
アメリカ軍極秘UFO型戦闘機(TR-3Bアストラ)

※アメリカの兵器かどうかわかりませんが、冷戦初期から円盤型戦闘機を研究してきたのなら、世紀が変わってさらに兵器として進化していてもおかしくはありません。


開発目的は、共産主義圏諸国を大気圏外から核攻撃すること。

乗員、兵器、燃料、その他の備品を除いても約7トンのLRVを発射台に運ぶには、重量物運搬用の気球が使用される。
つまりロズウェルに墜落した機体は、この気球に吊るされたアメリカ軍の極秘兵器LRVであった可能性もある。

《目撃例》

   19588月に米陸軍通信部隊の暗号教官キューバーなる人物が、エリア51に赴いた際に、バフーズ山の山腹を掘削して作られた工学研究資料室に、ロズウェルで回収されたという機体が保管されているのを目撃。形状がLRVに酷似する。

   1997年にアメリカ空軍は、ロズウェル事件の真相を明らかにするために「重量物運搬用気球」を使用した研究プロジェクトについての詳細を明らかにしている。
 アメリカ空軍報道官は、LRVのことにはふれていないが、冷戦時代に高高度気球で「変わった」機体を上昇させ、高高度から再突入させる実験を行ったことは認めている。人をのせた実験も行われていたといわれる。

 最高機密の実験のため、回収作業にあたった兵士たち何もしらされておらず、当時話題になっていた「空飛ぶ円盤」をイメージして「空飛ぶ円盤捕獲」報道になった可能性はある。

《維新嵐》 ロズウェルで回収された物体が、未知の宇宙人の開発した機体にしろ、アメリカ軍の最新鋭極秘兵器にしろ、アメリカが最新鋭のテクノロジーを手に入れることに「成功」したとはいえるでしょう。

ロズウェル事件をめぐる疑惑 第Ⅲ章 ~不確実な墜落の証拠~

墜落したUFOの破片と伝わる残骸①

所在地&収蔵場所 ニューメキシコ州ロズウェル/ 国際UFO博物館&研究センター

物件 ロズウェルのUFO墜落現場で回収されたとされる「謎の金属片」

 1996324日に墜落現場で作業に従事していた兵士から提供された、という経緯で博物館に収蔵される。

 サイズ 約4㎝×7.5
 特徴 薄い銀製の部分と、片側に銅がコーティングされた銀の部分から成っており、ハンマーで叩くと簡単に曲がるやわらかい金属。

放射線による分析の結果、日本の装飾品で木目金(もくめきん)と呼ばれている普通の金属であることが判明している。
 この事実からロズウェルの墜落UFOが気象観測用気球であり、この一部の部品であることも考えることもできるが、採集された日時が96年とロズウェル事件から49年経過しており、果たして当時の金属片かどうかはなはだ怪しい。

墜落したUFOの破片と伝わる残骸②

所在地 あるラジオ番組に送られてきた金属片

物件 ビスマス合金といわれる特殊な人口金物。

特徴 50万ボルトの静電界で電波をあてたところ、空中に浮遊した。つまり一種の反重力作用をもった未知の合金。起源、精製方法はわかっていない。

 ビスマス合金という「未知の」金属素材については、材質的には、興味をそそられる物件であるが、いかんせん出所がはっきりしない。1947年のロズウェル事件の墜落UFOに関連づけられるような証拠にはならない。採集地不明では資料的な価値はゼロなのである。

以上あげた2点の証拠物件ではロズウェル事件での墜落UFOの証拠となる物件というにはあまりもずさんな証拠であるといわざるを得ない。

 考古学においては、出土した遺物や遺構が「歴史資料としての価値」が付加される根拠というものがある。それは、発掘調査であれば、出土した日時、場所、地点が明確になっていて裏付けがとれる場合である。分布調査であれば、表採日時、場所、地点ということになる。
 ロズウェル事件においてもUFOの墜落とアメリカ軍による墜落機体の「回収」という仮説を明確ににするには、出所の確かな資料の存在が求められる。
 今後どう展開していくのかは不明であるが、異星人の機体という確かな証拠が出ない限り、アメリカ軍の訂正発表による気球の墜落ということで決着がつくことだろう。


墜落したUFOの一部と考えられる残骸③

UFOの「コントロールパネル」か?

 1947年にニューメキシコ州に墜落したといわれる謎の飛行物体を回収したときの一部と考えられるのが、「手形が彫られた2枚のペネル」である。



 特徴としては、それぞれ右手と左手が確認できるのだが、よくみると指が6本づつ刻まれている。
ロズウェルで回収されたエイリアンの遺体の指は6本であることが多いことから、UFOの内部に設置されたコントロールパネルで、手形に手をのせることによって機体をコントロールしていたのではないか、といわれる。
 また同じ残骸からUFO鋼材として使われていたと思われる破片も回収されている。そこには、判読不明の文字らしきものが刻まれていた。









ジョン・F・ケネディ大統領が世界に伝えたかったメッセージ

【アメリカ第35代大統領ジョン・F・ケネディ暗殺事件】

1963年11月22日、テキサス州を遊説中に車上にて凶弾に倒れました。


犯人を名乗る男は、すぐに逮捕されたものの、その暗殺の理由としてパレード後に行われる演説を阻止するための事件だったという解釈がある。


1989年5月23日、ミルトン・クーパー(元米海軍将校、UFO陰謀論研究)による米政府機密情報暴露講演が行われる。

 クーパー氏によるとケネディ大統領は、宇宙人の存在やマジェステックトゥウェルブ(MJ12)の麻薬密売について公表しようとしたため暗殺されたのだという。





ビル・クーパーの証言(ケネディ暗殺と第三の選択)

 MJ-12は、トルーマン大統領のころに宇宙人の調査や宇宙人との交渉を秘密裏に行うことを任務として設置された委員会であるが、彼らは宇宙人の存在は、世界に公表すべきではない、としていた。さらにMJ-12は、大統領の権力下を離れて麻薬密売を行うなど組織自体が、悪徳化していったといわれている。
 MJ12によるケネディ大統領暗殺を裏付ける証拠として、ケネディ大統領が暗殺された時に着用していた背広のポケットからメモがみつかっていたことであるとされる。
 メモはパレード後に行われる予定の演説の要旨であり、そこには1947年にニューメキシコ州の砂漠でみつかったUFOについて、宇宙人が「友人」であり、脅威ではないことなどが書かれていた。(ロズウェル事件)
 つまりMJ12が、宇宙人の情報を秘匿し続けるためにMJ12の工作員を大統領の近辺に接近させて暗殺したものだという。

 1953年と1954年にアメリカ政府は、2種類の宇宙人と接触しているという。宇宙人には善意をもつ宇宙人と悪意をもつ宇宙人がいるという。善意をもつ宇宙人は「人間と瓜二つ」であり、地球人の霊性の発達を助けたがっていた。霊性の発達を助ける交換条件は「核兵器の廃棄」であった。地球人への奨励は「殺し合いをやめ、自然の搾取をやめ、互いに調和、自然と調和しなさい。」
というものであった。
 平和的地球になることにより、不利益を被る人たちは誰か?
ケネディ大統領は、善意をもつ宇宙人に人間の霊性の向上の助けを求め、平和的地球を目指したから軍産複合体に暗殺された、ともいえるだろうか?

   アメリカ軍は、ロズウェル他様々な形で、自国領内に墜落したUFOを回収していて、既に宇宙人との接触ももっているという。ケネディ大統領は、墜落UFOや宇宙人の遺体を目撃していた。そしてこれらをアメリカ国民に公表して明らかにしようとしていたという。だとしたらケネディ大統領は、国家による秘密主義をなくし、アメリカの民主主義を守ろうとしていた、ということもまたいえるであろう。




第三の選択~バランタンテープ火星映像
(1962年5月)
米ソ共同による火星コロニー移住計画の発端。ケネディはこの計画も知っていたのか?

【ジョン・F・ケネディ大統領暗殺事件の情報は全面公開されるのか?】


ジョン・F・ケネディ大統領暗殺事件(1963年)に関して、これまで全面非公開だった最後の機密文書約3100件のうち、先日約2900件が公開された。
全面公開すると意気込んでいたトランプ大統領だったが、一部は中央情報局(CIA)などの公開延期要請を受け入れ、半年間の先送りを表明。公開された約9割の文書には決定的な新事実はなかったが、1割は相変わらず非公開のため、これまで囁かれていた陰謀説などが再び拡大した。
※アメリカ国民に伝えたかったことを伝えきれなかったケネディ大統領の無念は、察して余りあるものがあります。暗殺事件の情報を公開してそれではらせるものでは無論ありません。ですが、彼が当時アメリカの人々に何を伝えようとしていたのか?これは、十分アメリカの大衆は「知る権利」はあろうかと思います。
ケネディ大統領暗殺の謎
ケネディ暗殺の真相


FBI長官、発生2日後に陰謀説を警戒、何を語るケネディ暗殺事件文書

樫山幸夫 (産經新聞前論説委員長)

 ジョン・F・ケネディ米大統領の54回目の命日が20171122日(日本時間23日)にやってくる。中年以前の人たちには、なじみが少ない名前かもしれないが、若くして超大国の指導者となり、在任3年足らずで暗殺された悲劇の大統領だ。2017年1月に離任したキャロライン・ケネディ前駐日大使の父親といったほうが、通りはいいかもしれない。ケネディ暗殺についてはいまなお謎が多いが、それに関する機密文書が公開された。膨大な量にのぼり、現在、米内外の記者、研究者らによる精査の真っ最中だ。情報機関の横ヤリで、多くの文書が公開を見送られ、事件の全容解明に結びつく資料は少ないとみられているが、いくつか興味深い事実も明らかになっている。

(Photo by Keystone/Getty Images)

容疑者殺害で多くの謎が未解明に
 ケネディ大統領暗殺事件は19631122日(日本時間23日)に起きた。大統領は再選めざしてテキサス州を遊説、ダラス市内をオープンカーでパレード中、何者かに狙撃され頭部などに銃弾を受け死亡した。現場の通り沿いの教科書倉庫ビルで働くリー・ハーベイ・オズワルド(当時24歳)という元海兵隊員が、6階の窓からライフル銃で大統領を撃ったとして、事件直後に逮捕された。オズワルドは2日後にダラス警察署内でナイトクラブ経営者のジャック・ルビーという男に撃たれ死亡した。
 ケネディ氏の死後、副大統領のリンドン・ジョンソン氏が大統領に昇格、同氏は真相を解明するために、事件から1週間後の1129日、連邦最高裁長官(当時)のアール・ウォーレン氏を委員長とし、当時下院議員だったジェラルド・フォード氏(その後、大統領)ら7人のメンバーからなる委員会(通称、ウォーレン委員会)を設置した。委員会は延べ500人以上から証言を求めるなどして調査を行い、翌年9月に「オズワルドの単独犯行」という報告書を提出した。しかし、疑問点が数多く未解明のまま残っていたため、いまなおさまざま憶測がなされている。   
 1991年に制作されたオリバー・ストーン監督の「JFK」もそうした疑問に根差した映画だった。もっとも強い疑問は、オズワルドの単独犯行なのか、動機は何かーだ。オズワルド自身は犯行を否定、本格的取り調べが始まる前に殺害されているために、疑問が残るのは当然だった。
今でも6割以上が陰謀説信じる
 未解明の謎は、憶測に発展する。
「大統領と実弟のロバート・ケネディ司法長官がマフィアの取り締まりを強化したために報復を受けた」
「米国と冷戦状態にあったソ連(当時)、やはり敵対していたキューバが関与していたのではないか」
「ケネディ大統領の外交政策を嫌う中央情報局(CIA)の〝クーデター〟だった」
 ジョンソン大統領の関与説まで流布され、半世紀を経た2013年の世論調査では、61%にのぼる米国民がいまだに陰謀説を信じているという結果が出た。
 公開で、明らかになった興味深い事実を見るとー。


オズワルド暗殺予告
·         FBI(連邦捜査局)のフーバー長官(当時)が事件翌々日の1124日、「前夜、FBIダラス支局に、〝オズワルドを殺害する委員会〟のメンバーと名乗る男から電話があった。ダラス警察の責任者に連絡したが、適切に保護がなされていると請け合った。今朝、もう一度連絡したが、十分な保護がなされているということだった。しかし、実際は、なにもされていなかった」と部内で語った(196311月日24日のFBI内部文書)
·         フーバー長官は、「オズワルドが死んだという以外に何もわからないが。オズワルドが真の暗殺者であることを示す何かを公開する必要がある。そうすれば国民を納得させられるだろう。ジャック・ルビーは、共犯者はいないといっている」と語った(同文書)
·         キューバの駐カナダ大使のケネディ暗殺に対する反応は〝喜ぶべき、幸せなこと〟だった。しかしオズワルドが〝キューバ・フェアプレー委員会〟という団体に関係していたことから、米国で反キューバ感情が起こるのを警戒して、キューバの国連大使が駐カナダ大使に、〝深刻ぶった〟態度をとるように求めた(19631127日のCIAオタワ支局から本部あて報告)

ソ連はジョンソン大統領関与説
·         CIAの通信傍受記録では、オズワルドは1963年9月、メキシコシティのソ連大使館を訪ねた際、ソ連行きのビザのことで、領事と話したが、この領事はKGB(旧ソ連の情報機関、国家保安委員会)の要員だった(19631123日のCIA内部から副長官代理へのメモ)
·         FBIの(ソ連内部の)情報源によれば、ソ連はオズワルドとは何の関係もないと主張している。KGBは、「ジョンソン大統領が事件に責任があることを示すデータをもっている」といっている(1963121日のフーバー長官からマービン・ワトソン大統領特別補佐官へのメモ)
·         FBIの情報源によると、ソ連は、ケネディ大統領の暗殺によって米国内のリーダーシップが失われ、無責任な将軍たちがソ連にミサイル攻撃を仕掛けてくるのではないかと恐れていた(同)
·         ケネディ暗殺の25分前、英国のローカル紙に「ビッグ・ニュースがあるからロンドンの米大使館に連絡しろ」と電話があった。地元警察が英国の情報機関、MI5を通じてCIAに連絡した(19631126日のCIA副長官からFBI長官あてのメモ)

 ケネディ暗殺に関連する文書は過去にも随時、公開されてきたが、ことし7月から11月月までは、5回にわたって約31000件が順次公開された。
 注目されたのは1026日の公開だった。ケネディ暗殺の機密指定を25年後に解除するという1992年の法律の期限が、この日で切れるため、すべての機密文書が日の目を見るのではないかと期待が高まっていた。
 ところが、CIAのポンペオ長官らが、安全保障上の問題を理由に解除延期を要請。トランプ大統領は法律に従って公開を容認する方針を示していたが、当日になって一転、CIAFBIの要請を容れ、一部非公開を決めた。
 情報機関が公開に反対することについて、諜報活動の実態が明らかにされるのを避けたいという思惑と、大統領暗殺を防げなかった〝不手際〟が暴露されることを恐れているのではないかなどの憶測もなされている。
 未公開分については、今後180日間に公開の是非が検討される。11月以降公開されたのは、指定解除に問題なしと判断されたとみられる。
 米国立公文書館に保存されているケネディ大統領暗殺に関連する公文書は全部で500万ページにものぼるというが、1022日のロイター電子版は、これらが全面的に公開されても、リー・ハーベイ・オズワルドの動機についてあらたな大きな情報は期待できないとする一方で、マフィアやキューバの存在を指摘する陰謀説も将来にわたって、消えないだろうという研究者の分析を伝えている。 


ケネディ暗殺に関して、筆者はワシントン在勤中の200311月、故大統領の40回目の命日にあわせて、ウォーレン委員会メンバーで当時、ただひとり健在だったジェラルド・フォード元大統領(在任、1974年ー77年、2006年死去)にインタビューし、陰謀説などについて聞いてみたことがある。
妻に〝男らしさ〟みせるのが動機
Q:ウォーレン委員会の報告は正しい結論という確信には今でも揺るぎはないか?
 元大統領「委員会は全員一致で、オズワルドが暗殺実行犯、国内外のいかなる陰謀についても証拠はなかったという結論に達した。(1979年の)下院特別委員会も同様の報告を取りまとめている。私自身、この二つの結論に対していかなる疑問ももっていない」
Qしかし、あなたは回想録「和解への時」のなかで、「ウォーレン報告は必ずしも完全ではない」と述べている。:
「暗殺事件というものはいつでも疑問に包まれたものだ。リンカーン大統領の暗殺だって、100年以上たったいまでもさまざまな憶測がなされている。批判というものは常にある。委員会の結論は正しい」
Q:1979年の下院特別委員会報告は、マフィアによる陰謀の可能性にも言及している。 
「マフィアの関与というのは、あったかもしれないという推測にすぎない。下院委員会の報告もオズワルドの犯行という結論には同意しているはずだ。陰謀の証拠は、どの調査でもみつかっておらず、マフィアによる犯行という推測には同意できない。
Q:ウォーレン報告では、オズワルドの犯行の動機が解明されていない。
「(オズワルドの)妻やその他の人たちの証言によると、オズワルドは精神的な問題を抱えていたようだ。日ごろから夫人に軽侮されており、それを見返すために男らしい、劇的なことをしてみせる必要があった。それが大統領暗殺にかりたてたとみるべきだ」
 20世紀最大の謎のひとつといっていいケネディ大統領暗殺事件。当時を知る人たちにとっては、忘れようにも決して忘れることのできない事件だ。未解明のまま、歴史の闇に消えていくのだろうか。
いまなお語り継がれるケネディ神話
 第35代、19611月、選挙で選ばれた大統領としては最年少の43歳で就任した。父親は元駐英大使というボストンの名門の出身、若くてハンサム、美しい妻、ジャクリーン夫人という存在もあって、その周辺は華やかさに包まれ、米国だけでなく全世界でその人気を誇った。第2次世界大戦では魚雷艇艇長として活躍、日本軍との戦闘で、自らも負傷しながら部下を救ったという英雄でもあった。悲劇的な最期と相まって、理想化された人物像、その時代は「ケネディ神話」と呼ばれ、いまだに追慕する米国民は少なくない。
 政権の司法長官をつとめた実弟のロバート・ケネディ氏が、兄の死から5年後、大統領選挙運動中にやはり暗殺されたことも、「神話」をいっそう劇的なものにしている。

 現代において、大統領が多くの国民の目の前で撃たれ、その瞬間が全世界でテレビ放映された衝撃は大きく、暗殺事件にとどまらず、大統領やその家族らにまつわる書物、映画などが数多く制作された。夫人の愛称をタイトルに、夫を失ったのちの、その生き方を描いた映画「ジャッキー」が今春、わが国でも公開された。


ロズウェル事件をめぐる疑惑 第Ⅱ章 ~ 超大国アメリカの新たな兵器開発への挑戦!?~

1947年当時のアメリカ陸軍はなぜロズウェルに墜落した「考えられない速度の飛行物体」の残骸をすべて回収したのか?


 この点を考える前に、アメリカが直前の第二次世界大戦においてどう兵器開発をしてきたのか考える必要があります。
 そもそも第二次大戦前のアメリカは対外戦争に不介入の方針でした。そういう選挙公約で民主党のフランクリン・ルーズベルト大統領は当選をはたしていました。欧州や中国大陸の専戦争に不介入の方針で、経済再興の政策である「ニューディール政策」を進めていたわけです。
 ところが大規模公共事業を基幹とするニューディール政策が、いい結果にならなかったようです。そこでルーズベルト政権としては、戦時産業で経済を再生させるために欧州の戦争にイギリスを助けるために参戦し、ハワイを攻撃されたことを口実にわが日本に宣戦したと主張される方がいますが、結果論からみた俗説でしょう。
 実際はイギリスからの戦争支援の求めに応じるかどうか、対日制裁を発動しながら方針を探っているうちに国家の将来に不安を募らせた大日本帝国海軍に真珠湾を攻撃されてしまった、というのが本当のところではないでしょうか?
 それ以前にアメリカは、中国大陸の戦線において、中国国民党の蒋介石総統を助ける形で日本軍と戦っています。対外戦争に介入せず、というルーズベルト政権の公約はこの時点で既に破られていました。おそらくアメリカの中国大陸での権益を認めない大日本帝国の政策を認めるわけにはいかなかったのでしょう。
 具体的には、蒋介石政権を助けるために中国大陸で暴れまわった航空部隊に「フライイングタイガース」があります。彼らは「貧弱な」日本航空機を圧倒して中国大陸の制空権を確保するつもりでしたが、思わぬ強敵が立ちふさがります。日本海軍の零式艦上戦闘機、通称ゼロ戦です。日中戦争の時のゼロ戦は、初期型の11型でしたが、特に低空の運動性能でアメリカのP-41を圧倒しました。どうしても中国戦線でゼロ戦にかなわないことを知ったアメリカ軍には、「ゼロ戦無敵神話」が生まれます。ゼロ戦の優れた運動性能は、アメリカの戦闘機乗りたちには、後年のUFOの動きのように映ったかもしれませんね。
 その「ゼロ戦無敵神話」は真珠湾奇襲攻撃から始まる太平洋正面での日米戦争においても継続します。実際には開戦初期においてF4Fによる一撃離脱戦法により、ゼロ戦に立ち向かう戦術は確立して結果はでたはいたのですが、個々の戦闘機の性能は埋め切れていませんでした。
 そして後年、日米の戦局が逆手するきっかけになった戦いであるミッドウェイ海戦。この圧倒的に日本が有利だったはずの戦いの最中に、事件がおこります。
 それがミッドウェイ作戦を確実に成功させるために日本海軍が行った陽動作戦であるダッチハーバー空襲(アリューシャン作戦)の時におこりました。
 この戦いの最中に、日本海軍は海軍の最高機密に入る零式艦上戦闘機を無傷でアメリカ軍に捕獲されてしまう、という大失態を犯してしまいます。

史料① ダッチハーバー空襲(アリューシャン[AL]作戦)1942年(昭和17年)64日~8

(史料出典:http://www.jyai.net/military/mission/19420604_Dutch-Harbor/


失われたDI-108号機
ダッチハーバー攻撃の第2日目、攻撃隊に参加した航空部隊のうち、『龍驤』零戦隊の1機、古賀忠義一飛曹機が被弾により発動機不調となり、母艦への帰投が不可能となった。
艦隊ではこのような場合に備え、あらかじめ指定された地点(アクタン島)まで飛行
し、搭乗員回収任務に当てられている潜水艦によって救出される手筈となっていた。

だが古賀機はアクタン島に不時着する際に機体がひっくり返り、裏表逆になったまま滑りながら停止した。古賀一飛曹はこの時首の骨を折ったか、頭部強打により死亡したと思われる。
何故このような事態になったか
被弾した古賀機に随伴しアクタン島まで同行したのは僚機である遠藤飛曹長機(1機機)、鹿田二飛曹(3番機)である。
当初アクタン島の草地帯に不時着すべく着陸動作に入った古賀機ではあるが、そこは予想された固い地盤とは逆に湿地帯であった。本来湿地帯への着陸であれば、
胴体着陸とすべきところだが、それに気付いたのは着陸直前であり、そのときには古賀機の脚は既に下りた状態であった。
零戦の脚が沼地に捕られ、その衝撃で前からひっくり返るように不時着したのである。
本来であれば、このような状態になった零戦は絶対に破壊しなければならない。機密
保持の面からも絶対に必要なことであった。だが上空の僚機からは古賀一飛曹の生死は不明である。生死不明の段階で僚機が機銃にて古賀機を破壊するのは躊躇われたのである。
結果的に僚機は古賀機を破壊することなく母艦に帰投した。搭乗員回収任務の潜水艦も古賀機を探し続けたが、結局発見することは出来ずに、米駆逐艦に追い回され
るようにアクタン島から離れたのである。
古賀機が米軍によって発見されたのは710日のことである。実に不時着から1ヶ月以上経ってからの発見であった。
直ちに回収チームが派遣され、沼地からほぼ無傷に近い零戦が米軍の手に渡ったのである。
古賀機は米本土で徹底的に調査・分析され、当時悪魔の如く恐れられたゼロ・ファイターの秘密が徐々に明らかになっていった。これが零戦神話の崩壊へと繋がっていくのである。
ミッドウェー作戦及びアリューシャン作戦全般を通して、もっとも失点となったのは、この零戦がほぼ無傷のまま米軍の手に渡ったことだとさえ言われている。

史料② アリューシャン列島に墜落した零戦を解明せよ!

出典:http://sakigakesamurai.blog46.fc2.com/blog-entry-699.html


また古賀機が不時着した際、上空には僚機が二機いたが、古賀一飛曹の安否を気遣って、本来なら銃撃によって機体を破壊しなければいけないところだったが果たすことができなかった。
古賀機が不時着してから35日後、たまたま上空を飛行していた米軍の哨戒機によって発見され(アクタン島が米軍の哨戒ルートから離れていたことが原因)、すぐさま回収部隊が派遣された。回収部隊の調査の結果、不時着した機体が零戦で、しかも修理すれば十分に飛行可能であることが分かり回収された。その後、古賀機はアメリカのサンディエゴ海軍基地に運ばれ、修理された後、さまざまなテストが行なわれ、零戦の無敵神話が崩壊しようとしていた。
ちなみにではあるが、飛行可能な零戦が鹵獲されたのは今回の古賀機が最初ではない。実は同じ年の春に中国の揚子江沿いに不時着した零戦を中国軍が回収し、現地にいた米軍に引き渡していた。この零戦は桂林飛行場でテスト飛行が行なわれたが、専門家による調査ではなかった。この機体がアメリカ本国へ送られたのは昭和18年なってからである。そのため、テストパイロットを使った専門的な調査が実施されたのは今回の古賀機が最初だった。
話を戻すが、サンディエゴに回された古賀機はテストを受け、彼らを驚かせた。まず最初に彼らが驚いたのは機体が非常にスマートで、安定性に優れていたことだった。開戦以来、零戦と戦ってきた当時の米海軍の主力戦闘機F4Fワイルドキャットに比べ、脚の幅が広いため空母での発着艦における安定性が優れていた。そしてなによりも低速時における旋回性能が抜群で、格闘戦に優れた機体であったことが調査によって改めて判明した。さらに、古賀機は離陸直後から高い上昇性能を発揮し、巡航速度(時速330キロ)付近では圧倒的な旋回性能を示したという。


日米戦争開戦時の零式艦上戦闘機の雄姿

 戦いで被弾したという点は、ロズウェル事件のUFOの場合とは違うが、不意に出くわした地球の落雷が災いして、UFOが不時着を試みようとした可能性はある。

 AL作戦の時の古賀一飛曹が、不時着地点の様子を間違えて不時着に失敗した点と、ロズウェルで落雷にうたれて地面に墜落したUFOの姿が妙にだぶるのは、私だけであろうか?
 古賀飛曹の零戦は、僚機が機密保持の責任をはたさなかったために破壊されなかったことが結果的に災いしたが、ロズウェルのUFOは回収するべき仲間も存在せず回収さるに至るのである。
 これは確証はないことだが、ロズウェルにUFOが墜落したことを知った陸軍基地の幹部は、このAL作戦の時のことを知っていたのではないだろうか?
 AL作戦は19426月、ロズウェル事件は19477月であるから、零戦回収から5年後のことなのである。
 ほとんど無傷の零戦を米軍が回収することにより、テストパイロットをつけて徹底的に精査し、そののち「零戦無敵神話」を破り、戦局を米軍に有利に導く戦闘機をリリースしていったことを考えると、このロズウェルの墜落UFOから日本の後の軍事的対立軸となるソ連に対抗できる兵器開発につなげられるかもしれないことは考えていてもおかしくはない。
 兵器研究を視野にいれた兵器であれば、軍幹部が「機密」扱いするのもうなづける。零戦を回収したのが米海軍であれば、米陸軍の対抗意識もあったかもしれない。
このあたりの機密文書が情報公開で、政府機関からでてくると面白いことがいえるだろうが、あくまで想像の範囲でしかない。
 ロズウェル事件以前にもUFOが世間的な話題にもなっていたようであるから、軍内部でも関心はもたれていた可能性は高いのである。
いずれにしてもアメリカという国家は、自分たちがとうてい適わないような優れたテクノロジーに出会う時に、その対象の兵器を無傷で手に入れて精査し、新しい強力な兵器の開発につなげていくことが、一つのノウハウである可能性がある。